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柿本人麻呂の終焉の地に関して。

2019.03.05

柿本人麻呂の処刑は人身御供か日本海の西の涯て、石見益田沖に石の重りをつけて沈めることがよいと裁決されたのでしょう。

「水底の歌」では警護の兵士に監視され石見国府に近い韓島(カラシマ)に流罪となっていた人麻呂は、初夏のある日、島根県益田市沖の鴨島に連行され、それは和銅元年の4月29日であったとか、詩人を乗せた一艘の磯舟が沖へ漕ぎ出し、やがて詩人は悲鳴をあげて海に落ち、舟は何事もなかったかのように帰ってきたということです。

天下第一の詩人でも処刑される・・・。

益田市高津の高台 高津神社境内には柿本人麻呂終焉之地 遠望台地 梅原猛揮毫の石碑があります。