呉服屋である私が、バッグ作りを始めた理由

呉服屋である私が、バッグ作りを始めた理由

 

日本の伝統工藝の美を、今の暮らしへつなぐために・・・

私は、島根の田舎で呉服屋を営んできました。
店の名前は「むらたや」。
決して派手でも、大きくもありません。

ただ、本物の着物や帯を、真面目に扱う店として、
長年、地域で商いを続けてきました。

しかし、現実は厳しいものでした。

 

着物が売れなくなった本当の理由

正直に言います。
着物は、年々売れなくなりました。

技術が落ちたわけではありません。
着物の価値が下がったわけでもありません。

ただ、日常の暮らしから遠ざかってしまったのです。

 

1980年代、呉服市場は約18,000億円ありました。
それがコロナ後には、日本全体で約2,200億円規模まで縮小しています。
                     (矢野経済研究所調べ)

「時代のせい」と言ってしまえば、それまでです。
しかし、それを口にした瞬間、
私は呉服屋として、そして日本の伝統工藝品に関わる者として、
守る側ではなくただの傍観者になってしまう。

それだけは、どうしても嫌でした。 

着物を守るとは何か。日本の伝統工藝技術を残すとは何か

私は考えました。

着物を守るとは、
無理に着物を着てもらうことなのか。

答えは、違いました。

着物が持つ

  • 日本独自の素材
  • 糸そのものの魅力
  • 染めや織りに込められた伝統工芸技術

 

これらを、今の暮らしで自然に使える形にすること
それこそが、本当の意味で
日本の伝統工藝技術を未来へつなぐ方法だと考えたのです。

 

なぜ、それが「バッグ」だったのか

辿り着いた答えが、バッグづくりでした。

  • 毎日使うもの
  • 年齢や服装を選ばない
  • 着物生地や織りの技術が、無理なく生きる道具

呉服屋が作るバッグだからこそ、
「布の良さ」「糸の良さ」が正直に伝わる。

こうして、
呉服屋でありながらバッグを作る
という挑戦が始まりました。


生地の開発から始まった、むらたやのバッグ作り

バッグ作りで最初に悩んだのは、
「どんな素材を使うか」という点でした。

その当時、京都で布製バッグを作る有名店を知り、
その店が使う「帆布」に大きな影響を受けました。

しかし、私たちは呉服屋です。
革や化学繊維ではなく、
あくまで天然ので勝負したい。

そう考え、生地の開発から始めることにしました。

出雲で出会った「かみのいと®

その当時に島根県の出雲市に、唯一織機を持つ会社があると聞き、
私は工場長に電話をし、ほとんど考えもなく工場を訪ねました。

今思えば、かなり無謀だったと思います(笑)。

 

そこで出会ったのが、
**
「かみのいと®**という糸でした。

「かみのいと®」は、
オーガニック栽培された麻を細かく粉砕し、
紙にしてテープ状に加工し、
さらに撚りをかけて作られた糸です。

 

日本独自の技術から生まれた素材で、

  • 強く
  • 軽く
  • 人にやさしい

赤ちゃんの口に触れても安全とされる
OEKO-TEX®
クラス1の基準も満たしています。

 

私が「かみのいと®」を選んだ本当の理由

この糸を選んだ理由は、
認証マークだけではありません。

日本人が長く信頼してきた
**
「糸の在り方」**に、とても近かったのです。

派手さはない。
しかし、切れにくく、傷みにくく、
使うほどに馴染み、人にやさしい。

――まるで、昔の着物のような糸でした。

 

綿とブレンドして生まれた、オリジナル生地

ただ、「かみのいと®」だけでは
生地が硬くなりすぎてしまいます。

そこで私たちは、綿糸とブレンドすることにしました。

配合率を何度も変え、試験を繰り返し、軽さ・風合い・耐久性のバランスを追求。

こうして完成したのが、むらたやオリジナルの軽くて丈夫な生地です。

この生地こそが、後に K-iwami(キワミ) のバッグへとつながっていきます。




次回は、この生地を どのように染めるのか
着物の染色技術を、バッグにどう生かしたのか。
その試行錯誤についてお話しします。


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